『二つの運命』
高尾宗家のコラムです♪
人間には一生のうちに諸々の出来事が起きるものです。
その時々によって運、不運を感じ、生きていること即、運命と考えてしまいやすいのですが、運命にもいろいろあって、けっして単純にとらえるわけにはいきません。
運命には大まかにわけて二つの型があり、一つを有役運、二つ目を無役運といいます。
社会で生活している人たちから、自分に与えられた役目を取り除いたら、いったい何が残るでしょう。
二つの運を語るには、人間の役目の話をしなければなりませんが、算命学でいう役目とは職業上のことだけではありません。
もちろん職業上の役職も役目なのですが、家庭に帰れば夫であり妻であり、これも立派な役目なのです。
人間には上も下もなく、社長A氏と副社長B氏とは全く対等の人間同士であります。
しかし人間の役目には、上下があるのです。
社長という役目と副社長という役目は、上下の関係で対等ではありません。
それは家庭に帰っても同じことで、夫婦であっても夫の役目と妻の役目も上下であります。
しかし男性、女性というのは役目ではありません。
これは性別です。
当然男女対等です。しかし結婚して、夫となり妻となれば役目で、人の子の親となれば親という役目です。
このように役目があるために起きる運命と、役目に関係なく起きる運命があります。
前者を有役運、後者を無役運というわけですが、人間が生活する以上、有役運と無役運が至るところで混交してしまいます。
妻という役目と女という人間とが入り交じってみたり、社長の立場で男を論じたりするわけです。
そこに諸々の不運をもたらす原因があって、大いに苦しんだ人たちが実に多いのです。
この有役と無役を日常生活のうえではっきりと分離すれば、人間の苦しといえる部分は、半分に減少すること間違いなしです。
働き者の女房がなまけ者の亭主をなじって、「男のくせにしっかりしてください」といっている姿は、有役無役の混交そのままでます。
「なまける」「働く」ということと、男女の間には何の関係もありません。
人間、男女同権です。
男でも女でも、「なまける」性格を持つ人がいると、「働き者」の性格を持つ人がいます。
男だから働かなければならないということはありません。
しかし夫という役目は、家族を守るという行為があって初めて亭主なのです。
精神的にも経済的にもです。
もしその役目が果たせなければ即座に辞職すべきで、いつまでも亭主の座に安住していてはいけません。
ところが夫婦間には愛情という、役目に関係のないものが介在していてそこに苦しみが生まれてくるわけです。
人間にとって愛とは無役の世界の光でもあります。
有役と無役の谷間にあって、それを最大にちぢめ、一体とすれば苦しみが消えることになりますが
その方法こそ役目の交代であり、いついかなる時においても役目の変換が出来る心を持つことです。
たとえ有役と無役を立派に両立させている人でも、一つの覚悟として持っていると不運に遭いません。
そのためには「貧しき自尊心」を捨てることです。
自尊心を捨て去ったとき、真の自尊心が新しい姿として現れてきます。
✨😸✨😸✨😸✨😸✨😸✨😸
誇りは『埃』って教えてくれた友達がいましたけど
まさにこのことなんだろうなぁって感じました|ωΦ)ฅ🐾
今日もお目を通してくださりありがとうございました😊



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