『運命を決定する背景を分析する』(季節と人間)
算命学宗家
高尾義政先生
〔善と悪を固定してはいけない〕
人間というものは弱いもので自ら置かれた環境によって随分自分らしさを出せる人と出せない人が出てきてしまいます。
時代、社会を与える人に対しての評価は、その現時点の善悪の基準によって出されるものですから
時が立てば、また住む国が変われば、善であったものが悪で、悪であっても善になり得ることがあるわけです。
時代と社会が味方したものは善であり、味方しないものは悪になるわけです。
分かりやすくご自分の家庭を考えてみて下さい。
ここに穏やかなお母さんがいらっしゃいます。
そして非常に堅実な人生を歩むお父さんがいたとします。
そのご夫婦の間に天下を取るような見事な子供が生まれたとしましょう。
この子供はそれだけの器ですから、大変独創的で全て自分で考えて実行していく子供です。
その前進力は親が今までに見たことのない状態だとします。
すると親の側から見れば大変破天荒で心配になるような子供になるわけです。
この時、子供にとって両親は空間です。
つまり親という環境ですから社会と言えます。
一人一人の背景に親がいるわけです。
その子供にとってはその背景(社会)が自分に合わなければ、中々自分を理解してくれない背景になります。
すると親の感覚と子供の感覚が合わずに「お前は悪い子だ」となってしまうのです。
しかし学校へ行ったり、社会に出たりすると多様な環境がありますから、自分の良さを引き出してくれる人達と出会い
大変独創的な世界を作っていったとすれば、その才能は「善」と評価されるのです。
人生の極意の一つは、自分の才能にあった環境「背景」を選んで行くことにあるのです。
〔社会と自分の接点を五本能で分析〕
ここにできたばかりの会社があるといたしました。
当然、これから先会社を発展させなければならないわけですが、この段階で要求される人間というのは攻撃型の人なのです。
つまり会社をつくったという背景は何もないところからスタートするわけですから、引っ込み思案ではだめで前進力あふれる攻撃性が必要なわけです。
この会社では攻撃型の人が評価されることになります。
そして頑張り続けて一つの歴史ができて安定期と呼べる状態になりますと守りが必要になりますからここで要求される人間はやはりガードの固い守りの人になるわけです。
この安定期において攻撃型の人間が背景をよく考えないで相変わらず無鉄砲なことをしていますとあまり評価されない人物になるわけです。
同じ会社にいながらも攻撃性を必要とする時はよく評価され、守りを主体にする時には評価されないわけです。
こういう経験はよくあることだと思いますが人間というのは自分の運勢とか性格を知るだけでなく、今自分が置かれている立場とか、背景を把握しながら自分を活かすことができませんと一人前とは言えないのです。
人間を評価する時、開からず背景によって善になったり悪になったりするのです。
〔生まれた季節で絶好の背景を知る〕
それでは一つの技術になりますが性格を分析しながらそこに背景をどのように付けていったらよいのかを考えてみましょう。
ここでの性格分析はまず生まれた季節に着目します。
生年月日の中で生まれ月というものは、グループ化して性格を把握できるものを持っているのです。
一年を十二ヶ月に分けますと四季の移り変わりの上で四区分にすることができます。
そうしますとまず
春のグループが2月・3月・4月
夏のグループが5月・6月・7月
秋のグループが8月・9月・10月冬のグループが11月・12月・1月になります。
この季節と人間の性格には大変面白い関連がありまして、これは自然を考えるとよく分かることなのですが、例えば春などは、やっと寒い季節が明けて、うれしい気持ちになったりして陽気になります。
これをそのまま春生まれの人にあてはめるのです。
すると2月・3月・4月生まれ人は何となく陽気なところがあることになります。
事実多少の差はありますが陽気な性格に春生まれは多いです。
さて夏生まれはどう思いますと夏の暑さを考えていただければよいわけで、カッカしていて非常に情熱的で激しい性格を持っているのです。
何かに燃えていてファイト満々で挑戦的な気質です。
そして秋生まれは、大変攻撃的な性格を持っていまして前進力があります。
責任を果たすべく一生懸命頑張ってしまう気質を持ちます。
秋はもともと冬仕度ですから慌しく動き回ります。
きちんと物事が運ぶように頑張ります。
そして冬は春を待ちながら秋にたくわえたものをゆっくり、無駄をしないで計画的に使っていくのです。
冬はがまん忍耐の気質が備わります。
それぞれの季節にはそれなりの持ち味があり、そこで培われた気質は、その季節風景に似た環境が来ると花開くことになるのです。
つまり世の中と自分の生まれた季節が一致すれば大変良好なものを発揮できるわけです。
〔生まれた季節と巡ってくる年の関係〕
生まれた季節が背景とうまく一致するかどうかは、毎年の十二支を季節になおしていけば簡単に分かります。亥年が巡ってくるとすれば冬の季節の到来ですから、冬に生まれた人達にとって時代が味方してくれる時になっているのです。これが分かれば自分の時代は何年後に来るかをはっきり見通せることになります。
「今年はついていた」といえる方々は大抵本人の生まれた季節と回ってきた年の十二支季節が同じなのです。
ここは十二支と生まれた季節を組み合わせるという技術的なことでしたが、もう少し、実際の社会背景と生まれた季節の関係を見てゆく必要があります。
まず世の中の景気を季節に置き換えてみましょう。
世の中の景気の上下は一つのサイクルで循環しています。
上がり放しもないですし下がり放しもないのです。
始めに景気が上向きのまま安定に入ってきた場合です。
これは先程説明しましたように守り安定型の中にいるわけですから、二月、三月、四月の春生まれの人が適しています。
しかし安定もそのうち崩れ、景気が下降期にくる時には、八月、九月、十月の秋生まれの人が強味を発揮します。
つまり景気どん底という冬の到来に備え、なるべく行動し準備に余念のない形とするのです。
世の中が下降の形になりますと、秋生まれの人は極端な禍いになりにくいのです。
さてその次に冬将運を迎える時代です。この時代こそ、十一月十二月、一月の冬生まれの人達が活躍します。
つまりいろいろ計画を練ったり、長期的見通しの中で必要なものとそうでないものを見分けていく
眼力を備えているのが冬生まれですから、待ちの運の中にあって大変活躍するものを持っています。
どん底になって一体何がおかしいのか反省する時でもあります。
人々はアドバイザーを求める時です。ゆえにアドバイザーとなったり分析者になると良さが出るのです。
しかし景気回復を実際にしてゆくのは5月・6月・7月生まれの人です。
夏生まれの人の運というのは底辺から一挙に景気を上昇させていく力を持ちます。
時代、社会の波の動きをしっかりとらえて、その流れに自分の気質を一致させるべくプランを練ることが大切です。
このように人間の運勢は与えられた環境そのものに時代と社会が微妙に作用するものなのです。
ですから人間の運命を把握するためには、持った気質と環境の関係、そしてそれを左右する現実の社会、時代の影響度をよく考えておく必要があります。
〔子育てに生まれ季節を応用〕
子供の運命を立ち上げるためには社会情勢も去ることながら、両親のあり方が重大な問題になります。
そこで子供を教育する時に生まれた季節別の環境配備をしてみましょう。
🌸春生まれの子供🌸
この生まれは、陽気で実にのんびりしていてピリピリしていません。
こういうのんびりした気質には、ただのんびりボケーッとしているだけではなくて、遊びの中で良さを出すタイプになります。
親と子がある共通の遊びの中でコミュニケーションを深めて、時にお互いのものを主張して議論するのもよいですし、人生論、社会論を語り合うことが大切です。
議論の価値は、陽気でのんびりしながらもそれなりの良好な社会感覚を身につけるためのものです。
🍉夏生まれの子供🏝️
この形は底辺から立ち上っていくのですから、何か一生懸命高い目標に向って登ろうとするような背景に良さが出ます。
だから親が子供と一緒になって競争できるようなものがあるとよいのです。
父親は会社で出世することを目的にし、子供は成績を何段階も上げるように頑張るというように、親子で競争できるようなものを持つことです。
これが親の方に何の目的もなかったりすると子供に活気が出ないのです。
🍁秋生まれの子供🍂
秋生まれというのは物事が安定から波乱含みでマイナスの面の中で動き回ることで厳しさみたいなものが身に付いてきて良好となるのですが、親子の関係になりますと
これはシーソーゲームをしやすいのです。
つまり背景が下降線を辿るのがポイントですから、背景を親としてみれば親の運が下って自分が上るのです。
すると子育てとしては、親の代では果たし得なかったことを子供に託すとその託されたことに対する自負心とか自尊心というものがあるために
その親の夢を実現できる方向へ持っていくのです。
決して夢を押しつけるのではなくて、子供に対して生活の中でそれとなく夢を語りながら託していくと大変良さが出ます。
❄️冬生まれの子供⛄️
冬生まれはどん底の背景に良さが出ると言われます。
寒さの厳しい中あるだけのものできりつめていくわけです。
子供を育てる場合も全く同じで、まず質素の生活態度が大切です。
かりに親がどれだけ豊かであっても子供に対しては、制限のある中で生活させるので、おこづかいも枠を決めてしまうわけです。
そうしますと計画的に金銭を使っていくことになるのです。
冬に生まれた子供達をあまり豊かに野放図に育てると人生を間違えてしまいます。
子供が伸びるか伸びないかは半分以上親の責任になります。
うちの子は駄目ですと最初から諦めてはいけません。
その駄目な部分は親の一部が遺伝しているのですから、結局親が自分自身を駄目だと言っているようなものです。
親と子は常に一体であり、その一体の中で環境を作らないと本当の伸びとは言えません。
子供に合う環境を一体となって作ることで子供自身の方針が決まり、どんどん伸びていきます。
以上生まれた季節にあわせた子供の育て方でした。
結局どのようなタイプであっても、込らずその本質を生かせる環境があるものです。
この世に存在している以上不必要なものはないのですから、それを踏まえて運命を考えますとすべてが時期こそ違っても開運できる可能性を持っているわけです。
生まれた季節と背景を合わせる方法はある一つのチャンスを見つけるやり方ですが、そういう運の良い時でも、幸運をつかめる人、幸運を逃がしてしまう人と分かれてしまいます。
これは一生涯の中を通してみても幸運の人と不運の人の差として分けられることなのですが、まず人間はどのようにして不運に引っかかるのかということです。
まず言えるのは逃げてしまうというということです。
例えば仕事上でちょっと嫌なことがあったとして、何となくそれを避けていたとします。
すると別の方から実に嫌なことが飛び込んでくるのです。
人間は地球上から逃げるわけにはいかないわけです。
一つの人生において上がる時もあれば下がる時もあります。
そこで不運を克服する方法なので
すが、今申しましたように不運に直面したら、そこから逃げてしまうようでは、次にまた違うところから不運がやってくるのです。
逃げてしまうと何度も同じことをくり返すことになります。
不運が来たならそれを越えてしまうくらいの、一つの目的に対しての執着力、粘り強さが大切なのです。
こう聞くと何となく欲に執着していてむしろ不運が沢山やってくるように思えるかもしれませんが、そうではないのです。
人生は中途半端が一番よくないのです。つまり欲を持ったらその目的に向かって精一杯突き進むことです。
そうでなければ、山の中にこもる仙人ではないけれども、名誉も財も何も要りません。
一人でもさびしくありませんといった、まったく無欲の世界に入りますと、これもまた不運に遭わないですむわけです。
ここのお話しは人生の極意でありまして、人間最大の欲を持つか、無欲という大欲を持つかそのどちらかの生き方にすれば、禍いの方が逃げていってしまうのです。
日頃は無欲のような生活をしているのに、一寸魔がさして、欲を持つとそこに大きな禍いが飛び込んで来たりします。
仙人が雲の上から、地上にいる美しき乙女に気をとられて、雲から落ちてしまうはなしなどはそれをよく表わしています。
皆様が今、不運と感じたことがありましたら、最大の欲を出してしのぐか、最大の無欲になるかのどちらか生き方を徹底してみて下さい。
中途半端な欲が一番危険です。
欲を出すことは何となく心の思う
ままに生きれて楽のように見えますが、実に大変なことです。
これでいいというものがなく日々前進につぐ前進なのです。
くたびれたらダメです。
丹念に粘り強く一つの目的に執着していくのですから大変パワーのいる生き方です。
不運を避けるということは一つの目的を完遂する頑固さなのです。
人生多くの目的を持てません。
持っても中途半端になるだけです。
自分がこれだと思った世界を何と言われようと頑固に精進していく人生一つのことにこだわり、それしかやらない人生、それが不運を避けることになるのです。
✨😸✨😸✨😸✨😸✨😸✨😸
厳しい言葉が続いてますが
私自身への戒めを込めて投稿させていただきました\(//∇//)\
逃げるなって言葉
まだまだ覚悟が足りないなぁって感じちゃいました🤣
お目を通してくださりありがとうございました😊


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