高尾宗家のコラム『理と情』

天中殺

「理と情」

高尾宗家のコラムより♪

人間は精神というものをもっています。

もし人間から精神を取り除いたら、何も残らず、肉体という機械に過ぎなくなるでしょう。

現実には精神と肉体が一体となっているからこそ、人間と言えるのです。

ところが、ひとことに精神と言っても、その構造や働きはなかなか複雑に出来ていて、端的に解明するわけにはいきません。

しかし、精神を深く考察してみると二つに分ける事が出来ます。

それは理性的な精神と情性的な精神です。

理性的な精神は知性や品性や洗練された生活センスを生み出し、社会にあっては合理性を重んじる性質を作り出すでしょう。

それに対し、情性の方は、友情や親子の情など愛情を生み出します。 

また、奉仕の精神や人情も育てます。

人間にとっては一つのものであるはずの精神が、その中に合理性と情性と言う相反するエネルギーを持ち合わせていることになるのです。

そこが人間のやっかいなところな

のですが、生きていくためには両方どちらも大切なエネルギーです。

人間がすべて理性と情性をバランスよく持っていると運命学の世界でもあまり悩みを聞かないですむのですが、その持ち方が千差万別で、理性のほうが多い人もいれば、その逆で情性過多の人もいるのです。

しかし、一方が皆無で片方が100%あるという人はいません。

大小の差はあっても、必ず両方のエネルギーをもっています。

また、両方を持っっていなければ正常な人間とはいえません。

ところが理性と情性の度合によって、諸々の運命のパターンが生まれてくるという、不思議な現象があるのです。

もし結婚して夫のほうが素晴らしい合理性をもち、人生に無駄がなく、常に理性と知性に支えられていて仕事の伸展もよい。

加えて妻の方も知性に裏付けされた美を持ち、井戸端会議などには振り向きもしない理想的な女性。

こんな夫婦がいたら、それこそ夫婦の艦でしょう。

しかし運命とは意地悪なもので、このような家庭はいつの日にか破壊することになるのです。

なぜならば、夫婦共に合理性に偏り過ぎるのです。

合理性に偏ると、どんな併害が起こるかというと子供が精神的に不安定となるのです。

そして、人の情が通じない人間になってしまいます。

その結果、親の苦しみが始まるのですが、それは当然のことで、理に傾けば情に苦しみが現れ、情に傾けば理に苦労が現れることになります。

両親が人情家で世話好きで奉仕の精神に傾けば、子供は合理性が身に付かず、学校へ言っても勉強はなかなかやらない。

しかし、友達付き合いは実に良く、良友、悪友と社交範囲は広がりますが、留年が続いて入試には三浪、四浪となっていくのです。

少なくとも夫婦一代で子どもさんがいらっしゃらない人生を歩む人は、どちらに傾いても人生における弊害はありませんが

子供を育て孫を楽しみに老後を送ろうとする夫婦は

理性と情性のバランスを考え、どちらにも傾かないように心がけなければ、晩年の幸福は得られないことになります。

最大の理想は男性が理性的な人物で、人情家で情性の強い女性が従っていく型の中にこそ

次の代にまたすばらしい人物が育ち、代々家系が続いていくことになるのです。

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理的と情的

この理論も陰陽論☯️からきているのだそうです*ˊᵕˋ)੭

今日もお目を通してくださりありがとうございました😊

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