幸せの世界 神占術招運法⑯

60干支

幸せの世界 神占術招運法⑯

まとめと玄明館玄義

次に宿命とは幸運かですが、これは明らかに違います。

宿命は貴方に対する自然律で神意であると言いました。

又自然には幸も不幸もなく、それが貴方の上に現象として顕われた時、貴方の側から見て幸だ不幸だと受けとれるのだったでしょう。

例えば代表的な宿命としての貴方の生死で見れば、良い時代に良い家に生を得たから幸運と感じる人もいるし、こんな地方の宿業満杯の霊統の末になぜ…と嘆く人もありましょう。

また生を得たその事だけを幸と謝し、不運と嘆く人等と様々です。

だから貴方の宿命には必ずや幸運

と不運の両方があるのです。

貴方自身が陰陽二気(我と真我)に現れていると同じです。

ゆえに宿命を幸せと受けるか不幸と感じるかもさっきの、1/3が勢力を得ているか2/3が主導で生きているかに左右され、腹脳主体で調和を得た人間ならば2/3の幸運と1/3の不運を感得する様に出来ています。

その理由は、先の宿命とは自然が貴方の地上生命が必要ゆえ命を与えたのである事と、貴方の真我の中には億兆の親の幸せであれとの大な願いが込められているからで、巨視的に見るならば悪い人生であろうはずがないのです。

だからそれを取るか捨てるか、つまり受け取り方と生き方が最大問題となり、それを行うのが 「知能であり現実が綴って行く運命な訳です。

世に言う所の己の生き方次第で良否を分けるものとは違いますよ、宿命 (決められた命の役目)を消化して行くか背いて生きるかの選択ですからね。

✨幸不幸の分かれ目です。 ✨

消化するとは宿命の中に備えられている色んな要素を一つ一つ踏破して生きると言う事ですが難しくはありません。

例えば北国に生かされた人は生来、我慢強いと言う質を与えられているからそれを使えば良く

逆に寒い所で生まれたのに無性に「寒がり」の質を与えられていたなら国をでて暖地で身を立てなさいとの天意と読めば良いので、要するに自分に合う生き方と言うだけの事です。

それともう一つ宿命も運命も、あちらから吉凶を運んで来て置いて行くのでは絶対にありません。

貴方の方がいずれかの海に向かってダイビングしていっているのですからね。

×段々分からなくなって来ました。 人間には幸運と不運の両方が用意されてあってその両方を消化すればほんとうの幸せを得られると言われると何かクイズの世界にいる様で頭がコンガラガッテ来ます。

もう少し判り易く説明して貰えませんか。

○そうね、難しいかも知れませんねえ。原因は一つです。

「貴方が「幸せ」と言う一番大切なものをはっきり掴んでいないと言うところにあります。

貴方や世間一般で考えている幸不幸とは 「表層―1/3で智能現実の貴方」が考えたり感じたりする「その時その場で起きた事が自分に取って好ましい事か否かで一喜一憂し、又その好嫌の現象を静止した状態か一つの固定したカタマリの様な感覚で捉えているのです。

例えば今貴方はある目的(幸せと言う山)に向かって歩いているとしましょう。(ほんとうはそうなんですがね、死と言う自然界え戻る時を目指しUターン禁止の細い昇りの急坂故立ち止まれない道を只前に向かって)

さて、その貴方が躓いてころんだ、痛い、不幸だと嘆くでしょう。

転んだ手の先に財布が落ちていて拾った。

幸せだなあと思います。

後ろから来た奴が見付けたのは俺だ半分寄こせと争ううちに足踏み外して転落した。

不幸だ。

落ちた先が登山鉄道の駅だった。有難いと乗り込んで直ぐ満足しながら眠った。

目が覚めたら実は下り電車だったので元のスタート地点だった。

ああ何と言う身の不運と嘆いていたら崖崩れで歩いて昇った人達は死傷者だらけになっていた、幸せだ。

だが目的の山には登れなかった。

とまあそんな様な事で結局は山頂にある幸せは手にしていません。

ではほんとうの幸せを得る人はと言うと、汗して山に向かって歩く事が心地よく、周りの景色に歓声を上げ、前後の人と談笑し、歌を唄って歩いていたら何時の間にか頂上に立って居り、足の痛みも身の疲れも反って自分を気持ちのよい満足へと誘ってくれている。

と言う様な人で貴方達の考えていた幸不幸は意に介せず只あるのは山頂の素晴らしさを思い前に向かう心と明るくて楽しい現実、その一歩一足が既に幸せなのです。

×フーン、じゃあ突然襲って来た不幸や災難にはどう対応すれば良いのでしょう。

そうです。そこが開運、招運のポイントであり、極意とさえも言えます。 貴方の人生には細い窮屈な道や険しい崖も用意されているし、美しい景色や良く晴れたお天気も、同じ場所に同時に配置されているんです。

幸不幸共にです。

幸運の材料はつい見落とし易いから、絶対見逃さない事、 人間の目は二つ付いているけど焦点を合わすと一つしか見えません。

一つの事に促われたり不運厄災に心をうばわれている時は他が何も見えないから、心を開き視野を広げて自然体で只ありのままを当たり前に受け止める(覚を得る方法だったでしょう)

それで幸せは鮮明に見えます。

後はただ取るだけですが取り方があります。

その取り方の巧拙が次の吉凶を選びますから上手にとって下さい。(後述)

次の不幸災難の消化、これが最難関でありながら「幸せ」を得る最高の道具であり

極言すれば「人は不幸を上手に消化する事によってのみ真の幸せを得る」のです。

その訳は、人を生かしている自然の律の中には本来幸不幸等はありません。

昼と夜、晴れと雨、生の中には死がひそみ、未来の中には過去がある。

肉体と精神、幸不幸、吉凶盛衰とある陰陽の気はすべて

「合わせて一対の生かす為の不可欠要素であり自然の恵み」 でしたね。

人が元神一魂と識神―肉体で成ると言う自然の表現は当然「人は生まれつき幸不幸を併せ持っている」のだから

✨不幸は要らないと避ける事はそのまま幸せはいりませんになるのです。 ✨

ゆえに苦痛は呼び込んででも「上手」に消化するのが開運の決め手で、その上手さが招運の極意です。

ただ耐えて忍んで、諦めてでは「小さな幸せ」しか報はれません。

×難しいですね。 その「不幸を上手に」のところが。

○そうでもないですよ。

ではここで解りやすいモデルに登場して貰いましょう。

〇〇さんと言い東京◯◯の御一家です。

①農家の五人兄弟の次男に生まれ、10歳迄は何の苦もなくのびの

び育った。

②父が米相場に手出し破産、家と田畑一町歩(3000坪)売り、食べるにも事欠く中で父死亡。

③本人近くの町の豆腐屋へ奉公に出たが良く働き気質も良いので養子にと望まれ生き甲斐のある場を与えられた。

④機械で左手指四本失い、 養父死に、店つぶれた、わずかな畑で養母養う。

⑤手が悪い故兵隊検査不合格が幸いし友人殆ど戦死したが生き残り、若い男少なくなったのですぐに結婚出来、男女児を得る。

⑥妻不倫、男と東京へ逃げ町中の笑い者になる。 養母死亡、子供生き甲斐で家事もしながら学校迄

三軒の道毎日送迎しつつ学校の雑用に奉仕

⑦子供二人共良く出来性格も良いが弁当が不出来だったり、洋服が汚れていたり、なので担任の女

教師時々手伝いに来てくれ(家近い) 何時しか相愛、再婚、女児得る。段々生活安定。

妻、夫に内緒で東京の前妻に金貸し、子供も時々逢わせてやる。

夫気付かぬふりしている。

⑧台風で作物全滅、新築中の家半分で倒壊、長男交通事故で左足首から切断。

⑨前妻の男死亡、全財産得た前妻も一年後ガンで逝く、都心の店と大森の自宅を夫と子供に残す。

東京の店と家全部売り、親が失った土地一町歩買い戻し、別にストアー持つ。

⑩大手スーパー二店進出で店潰れる、 長男出来が良いのに何故か三浪、 千葉の計理士の娘と恋愛、

家出て行く、小学校教員の長女、妻ある上司と恋愛、 妊娠、退職。

⑪ここから霞堂の領導入る

三千坪の田畑の真ん中を地下鉄通り線路地売ったが周囲は先祖の物だからと頑として手放さなかったら計画変わり敷地内に駅ができた。

銀行や商店に土地貸し、貸しビルも。

長男公認会計士になり妻子連れて帰宅。 長女の相手の先生妻に死なれ正式結婚。

×成る程、これから色々読み取るのですね。

◯先の表は御一家の運命表です、ここから

1️⃣何が幸か不幸か途中では解らぬ。

2️⃣吉凶の帳尻はキチンと合っている。

但し様々な線や一生一山の人等もある。

3️⃣谷底での生き態が次の山を選ぶ。

4️⃣家族はほぼ一連託生気味で長男、長女が父と母をナゾっている。

5️⃣家には運のポイント(ヘソ)が居る。この場合、再婚の妻が家運を決めたが、こんな守護神に出逢える在り方をしていた。これは小学校へ子供を送り奉仕していたほんの二〜三年であった。

ここが一生を支配した。

6️⃣欲望に対し淡白で、与えられる条件の中で一生懸命生きた事も正解だった(ジタバタしてない)

7️⃣この人、八十四歳以上の長寿を得るし、ここから家族各人の運形も算出出来る。

×非常に明快です。 然しこれが前もって解るとか、若年の人でも解らないとダメですね。

○それが「宿命の星と行運の星」 とで全部解読出来るから、玄明館に「占い」を持つので、ただ正しく生きなさいだけでは宗教か人生相談であり、真の運を取れないのです。

しかし誰もがこの人の様に行く訳ではありませんよ。 この人の様に宿命に従順に運を創る人はむしろ

珍しく、大抵の人は途中何度も我執の間違いを犯します。

何しろ人は何を選ぶのも自由なんですから。

だから霞堂は時々逢ってその人の今の「気」を観たいのです。

×そうするとやはり、困った時の対処は重要ですねえ。

当然ケースバイケースで異なるのでしょうが

何か共通の不幸の消化の仕方と言うのがあるんでしょうか。

◯いくつかのパターンがあります、それに貴方を当てはめてみて下さい。

①一番最悪は、身の不運を「何かや誰か」のせいにして世を恨み人を憎んで自棄糞にと、これはまあ論外ですね。

②これも下手糞さんで、目前の取るに足らぬ吉凶に振り廻されて泣きわめき、何とか逃れようと、

やれ神だ仏だ、除霊改運と対症療法の場でのたうち廻り、一度や二度は除難を得るが、 必づや又別の形でくり返し、堂々廻りの生涯を浮遊する人で救い難いタイプ。

③ここも下手の部類で我慢辛抱(神亡です)を金科玉条とし、辛い事は身の不運と諦め耐えて偲んで

泣きながら踏ん張っています。

この①〜③迄は世間に一番多いパターンで、この人達にとっては此の世は四苦八苦の娑婆で、何の為に生まれて来たのやらとお気の毒です。

④これは上手下手には分けられません。

本来がやや良い星に恵まれて生まれた人で、天性不運等認めていません。

「俺の人生に不安なし」で自信と笑顔が着物着て、子供がそのまま大人になったみたいに表街道を駆け抜けていきます。

そう長い人生ではなく途中でポッキリ折れたり、又何かにぶつかり挫折して自信を失うと、後はもぬけのカラで世の中の厄介者となる可能性がある

⑤ここからは上手の部に入る人で

先ずは何か自分の信奉するものに幸不幸ごと身を任せて居り、懸命にすべてのものに感謝しょう、

とか人の為に何かする事で自分の苦楽を忘れようと努力しています。

一見理想的の様ですが、まだまだ無理やり思い込みの世界だから生臭さが抜けず、本人は相当悟った積もりでいるが神仏を鼻の下にブラ下げて歩いておりこの程度では、これからも再試験が頻繁に訪れるでしょう。

⑥これは相当なもので「不幸を呑み込んで終っています」

どんな目に逢っても一晩寝たら朝にはケロッとした顔で起き出し

「良いも悪いも成る様になるんだよ、どうせあるものなんだからどこかで逢うのは当たり前よ」とコロコロと笑って居り、何でも自分流に良い方え解釈しています。

このレベルの人は本来良い霊統に恵まれ先天的に霊格の高い人ですが、後天的にも「真我」が目覚めれば到達致します。

⑦ここからは最上階故ハシゴを立てなきゃ昇れません。

ここでは自分に対する天意宿命が前以て詳細に解って居り、自分の今生での使命も、その為に消化す可き吉凶の内容や大小、時期と、もちろん死ぬ時も含んでいるから、 それ迄のどこで何を消化し、何時どんなアクションを起こせば何を得られるか、等と自分の人生の最善ストーリを創作演出する事が出来ます。

勿論宿命に添ってであるのは云う迄もありません。

ここは最幸の世界へ出入り自由です。 只自分で得られる場じゃありませんので霞堂との付き合いを続けて見て下さい。

⑧ここには幸不幸は既にありません。

身は世俗の中に置きながらも霊体共に自然に化し、嬉々として生をたのしんでいます。

×そんな人が地上にほんとにいるんですか。

いますとも、貴方の身近に赤ん坊か84歳を過ぎた御老人が居ませんかそれがモデルです。

赤ん坊は完全な無心無垢で老人は無欲族我でしょう(例外もあるが)

子供や老人じゃなくても都会の垢

に染まらず天地と共に歓喜の生を営む人や、現役第一線に在りながらも芸術や諸道の中でその境地に生きる人はたくさん居り、幸不幸を越えた幸せに安住しています。

×すっきりしました。

思い当たる事も多々あり、これから自分を整理して、前に進みたいと思います。

でも何か爽やかになり勇気みたいなものが出て来ました。

◯では全体を総括致します。

先ず自分を知ります。当たり前の事を当たり前に見る事で、時々赤ん坊に帰る練習等も良いが

「我」を捨てるのではなく真我を覚まし、みがく事です。

宿命とは何なのか、これを知る事は大命題です。

そして自分に対する宿命を知る事で生命の目的使命に目覚めます。

その事で「覚」を得てほんとうの幸

せとは

✨🌈✨🌈✨🌈✨🌈✨🌈✨

宿命を消化し霊等を高める事と知り

幸せの錯覚、 2/3と1/3の関係を知るのです。

✨🌈✨🌈✨🌈✨🌈✨🌈✨

宿命を知るには自分を箇条書きに書き出すとおぼろげながら浮かんでみえるが更に正確に、前もっ

て知るには算命占星術による他はありません。

次は宿命に添って正しく生きる事で、正しくとは、幸運を見逃さない事と、不運を上手に消化して利用する事で、それが出来ると、幸運は今の2倍以上はとれます。

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